物語る亀

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物語愛好者の雑文

新海誠『彼女と彼女の猫』感想(EFの記事もあり)

 新海誠というのは今の日本アニメ界において非常に特殊な立ち位置にいる監督だ。

 テレビアニメーションの世界に一切関与することなく、彗星の如く突如現れては、短編アニメーションを次々と作り上げていき、その圧倒的に美しい背景と世界観、詩的なセリフなどで人々を魅了している監督だ。

 その才能は映画のみならずCMでも発揮されており、大成建設やZ会、NHKの『もったいない』など独特な世界観をその絵の美しさとセリフ回しによって僅か15秒、30秒の世界においてもしっかりとストーリーを描き出し、その魅力をしっかりと表現している。

 

 そんな新海誠の最も古い作品がこの彼女と彼女の猫である。

 

  2000年にCGアニメコンクールで優秀賞を獲得した、僅か5分ほどの短い作品で現代の映像詩人であり、屈指のアニメーション監督である新海誠の自主制作作品がテレビアニメ化決定、主演は『言の葉の庭』で主演も果たした花澤香菜だと聞いたので、結構楽しみにしている作品の一つだ。

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 基本的に日本で短編アニメーションは世間の目に触れる機会がない。どうしても販売ルートに乗らない、つまり商売になりにくい分野であるし、需要がどれほどあるのかもわからない。

 だが短編だから長編に劣っているわけもなく、アカデミー賞短編アニメ部門を獲得した『つみきのいえ』や、世界的アニメの名作『木を植えた男』など大傑作や独特の空気感に包まれた作品が非常に多い。むしろ芸術性(特に新しい表現をしようという先進性)だけに限定すれば、短編の方がずっと上にあるだろう。

 長編では絵を重ねるのが難しい作品だったり、予算、手間、人員の問題で手をかけられないような表現方法であっても、短編ならば可能だからだ。

 個人的には日本も短編アニメがもっと評価されてほしいな、と感じている。(近年は日本アニメ(ーター)見本市や、アニメミライ、もしくはネット投稿により一般の目に触れる機会は相当に増えてきた)

 特に『木を植えた男』はアニメ好きなら絶対に見なければならない歴史的傑作だと私は思っている。僅か30分ほどと短いので是非一度見ておいてほしい。

 

 彼女と彼女の猫はその時間、僅か5分。それほど短くて何を表現するのだろうと疑問に思われるかもしれないが、それだけでも1つのストーリーとして完璧に表現されている。

 まず目につくのは圧倒的な既視感だ。

 90年代の女の一人暮らしってこうだったんだろうなと思わせるほどのリアリティ。それは固定電話の形から(今は携帯があるから固定電話のない家も多いだろう)、洗面台の綺麗すぎない片付け方、カゴから溢れ出した洗濯物と下着、床に張られただっさいタイル、そして何よりも非常に重い音を立てて閉まるドア。

 こういった1つ1つが団地や80年ぐらいに建てられた単身者向けマンションの様子をまざまざと見せつけてくれる。

 このあたりは秒速5センチメートルや言の葉の庭でも活用されていたが、そのリアル感が次から次へと出てくることにより、その女性が現代に(もしくは90年代に)生きていると言う実感を与えてくれて、我々に強い共感性をあたえてくれる。

   

 だが本作の主人公はあくまでも猫である。

 その猫の独白で物語は過ぎていくので、彼女が何を思って、何があったのかは猫の憶測でしか物語られない。だがそれが独特の余韻と雰囲気を醸し出している。

 彼女に何があったのかわからず、おそらく彼と別れたのかと思っていたが、それで「誰か助けて」は言葉としておかしいように思うし、となると親や家族が危篤状態なのか、もしくは借金の催促とも思うのだが、結局どれだけ考えても答えは出ない。

 その猫のデザインもこれだけリアルに作られている世界観でありながら、唯一デフォルメ化されていて作品世界からは浮いているのだが、それが可愛らしさと一時の安らぎをくれるし、猫は彼女の世界では異質な存在(リアルな世界とはあまり関与していない)とあると教えてくれる。

 

 そして天門の音楽もさることながら、新海誠が猫の声を当てているのだが、その声が朴訥としていて非常にいい。

 これがあまりにハキハキとしたうまい声であったならば、この世界観が一気に作り物らしくなってしまうだろう。秒速5センチメートルもどちらかというとあまり演技のうまくない声優だったが、それが却ってリアル感を増してこちらに訴えかけてくる。

 この情緒的な雰囲気であれば、これぐらいリアルな声の方が作品世界にあっている。

 

「だから彼女の髪も僕の体も重く湿る 

 辺りは雨のとてもいい匂いで満ちた 

 地軸が音もなくヒスンと回転して 

 彼女と僕の体温は 

 静かに熱を失い続けていた」

 

「雪の匂いを身にまとった彼女と 

 彼女の細い冷たい指先と 

 遥か上空の黒い雲の流れる音と 

 彼女の心と僕の気持ちと僕たちの部屋 

 雪はすべての音を吸い込んで 

 でも彼女の乗った電車の音だけはピンと立った僕の耳に届く 

 僕も それから多分彼女も

 この世界のことを 好きなんだと思う」 

 

 このポエムのような独白が唐突ではあるし、『この世界のことを好きなんだと思う』はこの流れからするとオカシイだろうと思うのだけれども、結局独白ってこんな風に理屈で割り切られるものじゃないよなぁ、なんて思ったり。

 もう秒速5センチメートルなどで切なさを描く素質がここに全て込められているというのは、やはり稀有な作家性の持ち主だ。

 いずれ、新海作品は全て感想記事を書くだろうが、今作は特にお気に入りの一作でもある。短いから見やすいし。

 

 

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 余談ながら、私は村上春樹は肌に合わないのだが、春樹チルドレンは好きになりやすい。新海誠しかり、本多孝好しかり。これって一体なんなのだろうなぁ。

 

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彼女と彼女の猫

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短編小説やってます

 

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