物語る亀

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物語愛好者の雑文

『ニューヨーク 眺めのいい部屋売ります』感想 あなたはこの映画のメッセージに気がつきましたか?

 うん、この映画は大好き!

 

 なんて突然の告白から今回の感想記事はスタート。元々モーガン・フリーマンが大好きなため、結構前からチェックはしていたのだが、何かと見に行くチャンスがなかったため今回鑑賞した。

 それではまずは恒例の一言感想から。

 

 大好きだけど、めっちゃ惜しい映画!

  

 1 何と言っても主演の二人の魅力!

 今作の主演は大名優モーガン・フリーマンとダイアン・キートンであるが、この二人の夫婦関係が何と言っても魅力的。

 まずモーガン・フリーマンの話から入るが、彼の魅力は何と言っても格好つけない格好良さだと思う。もちろん映画だし、演技なのだからそれが素であるはずがないのだが、決めるべきシーンにわざと決めないというか、ドヤ顔感が一切ない。多くの役者はここが決めどころと見極めたら、少しオーバーにキリッと顔を作って、「やってやったぜ、ここで黄色い歓声な」なんて心の奥底で思ってそうな素振りを見せるのに、それが一切ない。

 例えばこの映画で言えば以下のシーンだ。

 

 大切な老いた飼い犬がヘルニアにかかってしまう。その検査のためのスキャンだけで大金がかかってしまう。手術となるとさらに多く、その金額は1000ドル(10万円強)と跳ね上がる。これから家を買い替えることを考えたら少しでも出費を抑えたいのだが、妻(ダイアン・キートン)はこの大事な犬を何としても治してあげたい、最大限のことはしてあげたいのだが、旦那(モーガン・フリーマン)は金額のこともあり手術をしない(おそらく安楽死)書類にサインをする。

 そして一度家に帰った後、手術の日にちは明日の朝に決まり、獣医が電話をしてくる。その時は妻が電話の応対をしていたが、旦那が代わって獣医と話をする。そしてほぼ五分五分という確率の中、先ほどのサインのこともあり確認を求めてきたのだが、それに対する旦那の回答が

「金は惜しまない、精一杯のことをしてくれ。先ほどのサインは破棄する」

 

 ついさっきまでお金のこともあり反対していたのに、いざとなったら賛成に回ってくれる、最高にカッコイイ場面であるのに、それをさらりと何事もなく演じてしまえることが本当に粋!

 

 またダイアン・キートンに関して言えば、もう色っぽいの一言に尽きる。『最高の人生のつくり方』でも思ったが、もう今年で70歳になるというのにかわいいお婆ちゃんそのもので、本当に魅力的! その仕草ひとつひとつが可愛らしい上にセクシーで、確かに数々の映画人をスクリーンでもその外でも魅了し続けた魅力がはっきりと出ている。

 若くてかわいい女優なんて掃いて捨てるほどいるが、ではその子達が70になってもこうして映画の主演を張れるだろうか? 日本で言えば吉永小百合もそうだが、人生経験を含めた若いうちからの研鑽が、歳と関係ない魅力というものを作り出しているのだろう。

   

 2 中盤までは文句無しの名作

 本作の中盤までは文句無しの名作だった。

 まずスタートから派手さはないものの、二人の老夫婦がなぜこの家を売ろうと決意したのかわかりやすい理由が提示される(アパートの五階にあるが、エレベーターがなく階段を毎日上り降りするのはきつい)。

 そこからのラブラブっぷりを過去の回想を挟むと共に、二人の仲の良さを見せつけて関係性と性格をアピールする一方、犬の病気と橋のテロ? という二つ事件が起きて、物語は三つのストーリーが軸になることが提示される。

 

 犬の問題が一通り方がつく(医者にお任せする以外になく、二人は術後の経過などを待つしかない)と、今度はアパートを見学する人物たちが次々と訪れる。その人物たちが非常に好き勝手なことを言ったり、傍若無人の振る舞いをする中で、徐々に翻弄されていく。本来だったら100万ドルの家も、事件があったせいで少し値が落ちてしまう……

 

 そんな描写で私が興味深かったのは二つ。

 モーガン演じる旦那が、結構なメガネフェチだったこと

 芸術家で絵を売っている旦那と妻の出会いは、ヌードモデルのデッサンだった。妻は「絶対もっと美人の子を選ぶと思ってた」というが、彼は「そんなの関係ない」と言葉を返す。

 でもヌードデッサンなんて美人の方がいいのは誰だってわかるのだが、では旦那は何を重要視したのか?

 その答えが『メガネ』である。

 だからわざわざ掛けていたメガネを外させて、本人はメガネをしていないのに大量に持ち合わせている女性物のメガネの中からひとつ選んで渡したのだ。なぜ彼が自分はかけない大量のメガネを持っているか、性癖以外の答えがあるなら教えて欲しい。

 なので大量の見学者の中でも、彼が一番好意を持ったのはメガネをかけた聡明な女の子であり、ちょっと事案ぎみなナンパまでしている(お茶に誘うだけとはいえ、年齢差を考えたらちょっと、ねぇ……)。しかも音楽まで変わって、陽気なものになるからどれだけ思い入れが強いのか見事に演出されている。

 でもこんな描写一つだけで、彼がどういう趣味で、どういう人間なのかはっきりわかるから面白い。

 

 二つ目のポイントは個人的なフェチポイント

 旦那の芸術を妻が認めてくれていた!

 この作品で一番眺めのいい部屋は旦那のアトリエであり、そこが一番の見せ場でもあったのだが、代理人には「ゴミを片つけろ」と言われ、妻からも「綺麗にしとくのは基本よ」なんて言われるし、見学者からは「ゴミゴミしてるの全部捨てれば広いわ」なんて言われてしまう始末。

 俺の芸術や一生かけてきたことってなんやねん……なんてショボクレる、モーガン旦那。わかるよ、すごくよくわかるよ、その気持ち!

 

 ましてやかつて自分の個展に来てくれた画廊を開く仲間たちにも

「35年間売れてきてくれた人には本当に言いにくいけど……今ってほら、若い子の絵の方が売れるんだよね……人物って流行らなくてね……」

なんて言われてしまう始末。

 モーガン旦那もそれはわかっているから「……スタイルを変更するかなぁ」なんてちょっとショボくれている所に、妻が一括!

「あんた達、何言ってるの?! 私の旦那は芸術家よ! 商売じゃないの、芸術家は自分が楽しいことが一番なの!」(原文はメモできてないのでニュアンスで受け取ってください)

 

 私、ぶっちゃけますとちょっと泣きました。

 今までガラクタ扱いされて、全く売れなくて、「……どうすっかなぁ」って思っていたところで最大の理解者が自分の配偶者だというのは、本当に感動する。何だかこういう夢追い人の諦めそうな時、叱責されるシーンていつも泣いてしまう気がする。(SHIROBAKOとかRE LIFEとか)

 

monogatarukame.hatenablog.com

 

 3 ラストのまとめ方が残念

 じゃあ何が惜しいのかというと、それはやっぱりラストのまとめ方だろう。

 この作品は主に3つの事件が同時に進行している。

 

 家の売買契約(主なストーリー)

 犬の病気

 橋のテロ未遂事件(これは主人公たちには直接関係しない)

 

 この3つのストーリーラインというのは非常にいいと思うのだが、残念なことにこれが1つに収束しない。

 鑑賞中もあまりにバラバラなこの3つのストーリーが、最後どのように収束するのかというのを非常に楽しみにしていたのだが、時間の都合なのか、案が思いつかなかったのか(これは可能性が低いでしょうね。映画だし)プロデューサーか監督の意向なのかわからないが、これが別々に解決してしまう。

 例えば犬の手術は成功したけれど、車椅子の生活になったから家の買い替えを迫られてしまうとか、買おうとした家が実はテロの犯人と関係がある家で相手は非常に焦って売っているなど、主である物語と絡めることができるなら良かった。が、それとは関係なくあっけなく終わってしまうため、どうしても観客はカタルシスを感じるのが難しいものになってしまう。

 

 あとはやはり、元の家にあと何年かは住むという決断が、あまりにもおかしいように思えてしまう。それまで大変な生活を送っていて、体は衰える一方だから新居を買ったほうがいいのにも関わらず、そうしない決断に疑問がある。

 ここは、ラストとの兼ね合いもあるのかもしれないが、勿体無いなぁと思わされてしまった。

 

monogatarukame.hatenablog.com

 

 4 なぜ家を買うことをやめたのか?

 他の方のレビューを軽く見ると、ここの部分がわかりづらいという意見があるので軽く私なりの解釈を書いておく。

 この作品において大事なのは、『この夫婦は黒人と白人のカップル』であるということだ。そしてこの二人は協力してそれまでの偏見や差別と闘ってきた。

 妻が養子を取る同性愛者のカップルに家を売りたい理由は過去にあり、それは『自分が子供ができない体であった』ということだ。だから元教師でもあり、子供に対する思いは人一倍強いため、手紙が非常に効果的に効いた。

 

 では旦那はというと、テレビの犯人に過去の自分を重ね合わせていたのだ。

 ただイスラム教徒であるというだけでテロリストとして扱われ、本当は事故を起こして怖くて逃げ出しただけなのに、言われなき罪を着せられて、重要犯罪者のように扱われる。もちろん事故から逃げたのは悪いことだが、それだけの罪でアメリカ中を震撼させたその根幹はイスラム教徒に対する偏見と差別である。 

 年齢を考えれば今よりも遥かに差別が厳しかった時代を生き、黒人というだけで酷い思いをしてきたであろう自分を犯人と重ね合わせた。画廊に行きたくない理由も、おそらくは黒人として差別されることを恐れていたからだろう。それは同じ白人である妻の功績か、はたまた時代なのかはわからないが、彼は運良く受けいられることができた。

 家を買いに契約をしに来た時、そこにいたのはイスラム教徒だから頭を撃ちぬけと簡単に言うような人間ばかりだったのだ。だから彼は激怒し、その契約を破棄することを伝えた。そんな人間から一生を左右する家を買いたくなんてない。

 

 それだけの理由を、言葉で説明せずに演出だけで説明しているのだが、どうもここが受け取り方によっては唐突に見えて仕方ないらしい。確かにわかりにくい面ではあるが、これをセリフで言ってしまうと大変説教くさいつまらないセリフになってしまうため、演出だけで説明するというのは正解だろう。

 この作品の真の凄さは、極めて軽いテーマでオシャレな映画のように見せながら、ドナルド・トランプのような差別的な保守派を否定していることだ。

 だからこの作品は『白人と黒人の夫婦』でないと成り立たないのだ。

 

 だが、このテーマはわかるのだが、この作品とは合っているように思えないのは演出なのかなぁ……

 このメッセージが1度見たら誰でもわかるって言われたら、ドヤ顔してタイトルにまで入れた私は恥ずかしいな……

 

 色々語ってきたが、私はこの作品、結構好き。

 ディスクで映画を買ってしまうかもしれない。

 

  原作小説はこちら

眺めのいい部屋売ります (小学館文庫)

眺めのいい部屋売ります (小学館文庫)