物語る亀

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物語愛好者の雑文

アニメ化決定! 『ヴィンラント・サガ』(既刊20巻)ネタバレ感想! 今作が描き出す罪と罰の物語とは?

 

 

 

今回はアニメ化も決定した『ヴィンランド・サガ』について、考察していきましょう!

 

 

何度か語ったこともあるけれど、いま最も重要なことを表現している漫画の1つである、ということを説明していきます

 

カエルくん(以下カエル)

「幸村誠作品としては、前作の『プラネテス』も含めて、とても見所の多い作品だったよね。

 語り口も多種多様だし……原作もアニメも大傑作で」

 

「特にプラネテスは00年代を代表するSFアニメであり、お仕事アニメでもある。

 いまの日本に求められているのは、社会人が主人公であり、社会人を対象にしたアニメだと思うけれど……その最高傑作の1つであることは間違いない。

 またいつか語りたい作品でもあるな」

 

カエル「そしてその次に本作を描いているけれど、そこにはどんな思いが込められているのか? ということを探っていきましょう。

 では、感想記事の開始です!」

 

 

あらすじ

 

 アイスランドで家族と共に平和に暮らしていた少年、トルフィンは退屈な生活に飽きており、海の男になることを夢見ていた。父、トールズの友人である船乗りのレイフから遥か彼方の大地『ヴィンランド』の話を聞き、いずれは訪れたいと夢を抱く。

 そんなある日、北海最強の戦士団と称されるヨーム戦士団が現れ、トールズをイングランドとの戦争に参戦せよ、という命令を下す。

 トールズはかつて『戦鬼』と呼ばれており、ヨーム戦士団の大隊長にして北海最強の呼び声も高い戦士だった。従わなければ家族などに危害を及ぼす、と脅され、仕方なくヨーム戦士団と共に船に乗り込む。

 しかし、その船には密航するトルフィンの姿があった。

 トルフィンの血と復讐、贖罪の人生が幕を開けることになる……

 


TVアニメ『ヴィンランド・サガ 』ティザーPV

 

 

 

 

現代の重要な問題を鋭く描く幸村誠

 

 

 

なんていうか……現代の人気漫画とは全く違う事を描いている感もあるよね 

 

今、国や表現を問わず、最も重要な問題を独特の視点で描いている漫画家の一人だね

 

 

カエル「今作はヴァイキング、つまり海賊を扱った漫画だけれど……普通はこの手の作品って義賊であったり、実はそこまで悪い人たちではないよ、という描写が多い。

 それこそ『ワンピース』なんて少年誌だからというのもあると思うけれど、全く海賊らしいことはしていないし、暴力行為を働くのは海賊だけじゃない?。

 でも、この作品ではヴァイキングは一般の人々の生活を傷つける悪党たちなんだよね

 

主「前半のバリバリのヴァイキングが略奪、暴行、殺しを普通に行う悪逆非道の連中とともに強くなっていく復讐鬼トルフィンもまた面白いものであったけれども、それはただ単に後半への伏線でしかないわけで……

 よくもまあ、ここまで長い事伏線張りをやってきたなぁと感心する。

 本作は1話において矢で撃ち抜かれた人から、矢を抜いてあげると、眼球が一緒に抜けてしまうという描写があり……これだけでリアルな戦場、本物のヴァイキングを主人公にしよう、ということが見えてくる」

 

 

今作の構成について

 

カエル「簡単に本作の構成を語ると、このようになっています」

 

  • プロローグ(1、2話)
  • 幼少編(2話〜16話)
  • ブリテン編(17話〜54話)
  • 奴隷編(55話〜99話)
  • 出航(100話以降〜現在まで)

 

主「重要なのは、トルフィンの行動や身分の変化ががどのように変化していくのか? ということだ。

 プロローグからブリテン編までの1章は復讐者、バーサーカー、戦士としてのトルフィンを描いている。一方で、2章以降は……別の戦い方をトルフィンを描いている。

 この描き方によって、単純な『ヴァイキング(加害者)が悪』とか、逆に『奴隷、市民(被害者)が善』ということを伝える勧善懲悪になっているわけではない、というのがポイントだ」

 

カエル「もちろん、そういう風に受け取れるシーンもたくさんあるけれど……でも、その奥にある深い物語が重要だということだね」

 

 

綺麗事ではない物語

 

カエル「この作品のメインテーマが『罪と赦し』であって、こういうとよくあるもののようでもあるけれど……その描き方がとても素晴らしいんだよね」

主「それこそ、このテーマは2018年のアカデミー賞で大きな話題となった『スリービルボード』などを始めとして、古今東西世界中にある。だけれど、本作がこれらの作品と拮抗していると思うのは、その描き方なんだ。

 前作のプラネテスもそうだったけれど、幸村誠は簡単な答えを、綺麗事を用意しない。

 その前には必ず不幸な事態、現実を用意している」

 

 

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カエル「戦争に出れば人は必ず死ぬし、そこには大きな不幸が付きまとって……略奪、虐殺、女性を拐かしたり、奴隷へと売り飛ばしたり……本当に悪逆非道で、1巻からその描写は徹底されているね」

主「戦闘描写やアクション自体も面白い物語だよ。

 だけれど、それと同時に本作はその生々しさを描いている。

 20巻であったけれど、兄弟が敵味方で戦っている。生き別れた家族を発見して、振り向かせようと弓で射るんだけれど、誤って頭に当たって死んでしまう。だけれど、そのあとの描写が『ま、いいか』であって……人の生死にどれほど無頓着な状態かわかる。

 これがこの作品の戦争の描き方だ。人間がいかに死に慣れていく動物なのか、よくわかるよね」

 

 

1話と2話の作り

 

主「今作の多くの要素を1話と2話で現れているんだ。

 

 戦での過酷な現実

 アシュラッドを始めとした悪逆の限りを尽くすヴァイキングの戦士たち

 戦士に憧れる純朴な青年

 貴族から奴隷階級に落ちてしまったホルザランド

 そしてそれを買った領主であるゴルム

 冷静な目で人を見ているアシュラッド

 そして復讐以外に目の向かないトルフィン……」

 

カエル「この作品を構成する多くの要素だよね……1巻の頃は序盤ということもあってか、そこまで過酷なことは描いていないけれど、多くの巻が発売された今となっては、この戦争の裏では多くの悲劇があったのだろうな……と思うってしまうね……」

 主「その中で奴隷のホルザランドが語るのが『ここではないどこかに逃げたい』という言葉だった。

 それがこの作品の根幹となる考え方であり……そのどこか、つまりヴィンランド、今でいうアメリカ大陸へと向かうことを示唆している。

 人生の戦い方は無数にあって……困難が訪れると我慢するとか、立ち向かうなどの選択肢が浮かぶことも多いけれど……

 逃げることだって立派な選択肢である。

 だけれど、決して逃げることが簡単なわけではなくて……むしろそれは戦うことよりも困難な道かもしれない。我慢した方がずっといいと思うかもしれない。

 それでも! という思いがないと決してできない挑戦……それが本作の最大の持ち味の1つである。だから、こういう描写の1つ1つを見ても、やはり綺麗事ではないんだよ」

 

 

 

 

罪の先にある物語

 

 

そしてトルフィンは贖罪の旅を始めていくね……

 

 

 

戦場で多くの人を傷つけた事実と向き合う時が来たわけだ

 

 

カエル「今まで散々人を殺めてきたその罪を憎む人が目の前に現れた時、トルフィンにはただ言葉で話すしかなかったんだよね……」

主「罪と罰を描いた作品の1つとして、難しいことを問いかける映画として『顔のないヒトラーたち』という映画を取り上げたい。

 この映画はホロコーストの罪を暴こうと懸命に努力する検事の奮闘を描いた作品なのだが、極悪非道な問題を起こしたかつてのナチスドイツの罪人たちが、十年もすれば普通の生活を送り、しかも町の気のいいおじさんになっていたりするんだよ。

 では、被害者意識としてはそれを赦すこともできないだろうが、だがその犯人の彼は本当に改心し、悔い改めていた場合において、その罪を責めることが本当に人のために、もしくは社会のためになるのだろうか?」

 

カエル「……とても難しいよね。人を赦すことってそんな簡単にできないことだけれど、でもずっと責め続けるべきなのか? という問題もあって……

 それを被害者の側ではなく、加害者であるトルフィンの視点から描くことによって、より深く考えさせられる内容になっていて……

主「少なくともトルフィンは過去の復讐心から決別し、平和を愛する青年に成長して、その行為に嘘はなくまた誰も傷つける気もないことは明らかだ。

 それでも簡単に罪は赦されることはない」

 

 

 

礼節と生きる環境

 

カエル「衣食足りて礼節を知る、なんて言葉もあるけれど、生きていくために罪を働くことだってあるし……」

主「人は状況によっていくらでも変化するものだからね。

 戦争中や飢餓などで物を奪い合わなければ生きたいけない状況であれば、おそらく人を殺すだろうし、物を盗むだろう。

 多分、自分でもそうする。なぜならば、そうしないと生きていけないから。

 芥川龍之介が『羅生門』で描いていたのはそういうことで……盗人になってでも生きる人間の浅ましさと、そして力強さを表現している」

 

カエル「……最近だと映画の『フロリダ・プロジェクト』や、まだ公開前だけれど是枝裕和監督の『万引き家族』などのように、貧困にあえぐ家庭では、詐欺まがいの行為などをしないと生きて行けない、というのもあるのだろうね……」

主「生きるということは綺麗事ではないから。

 ただし、そのように海賊行為による略奪などで生きてきた人間にとって、それを忘れて仕事をしろよ、というのは難しいことかもしれない。ずっと腕っぷしだけで生きてきたから……例えば運転手や事務員が、明日から農業や漁業で食べていきなさい、と言われても『それは無理だ!』と反発するでしょう。

 人間の生き方は簡単には変えられない。特に、それで何十年も過ごしてしまったら……余計だよね。

 それが人間の原罪であり、人が生きるということにつながってくる。

 そして……6巻のあの大演説につながってくるんだ」

 

 

 

6巻のクヌート

 

本作最大の注目ポイントの1つ!

 

 

誇張なく、本当に自分の人生観(キリスト教観)が変わる名シーンだった。

 

 

カエル「今作の重要人物であるクヌートが逃げている最中、死んでいく戦士の死体を見ながらキリスト教の僧侶と『愛』の問答をするシーンだね。

主「『プラネテス』でも重要な愛についての講釈であり、自分が愛について考えるきっかけになったのは幸村誠の影響が大きい。

 ただ、今になって思うのはこの問答はキリスト教だけでなく、仏教の価値観も多くふくまれているのではないかな?

 本当にこの6巻の愛の問答は素晴らしいです! 

 ぜひここまで読み進めてください。自分は雷に打たれたような衝撃でした」

 

カエル「親が子を、夫婦が互いを、臣下が主君を愛するように向けるその愛は、本当に愛なのだろうか? という問答であり、そこから提示される答えがまた衝撃的なものだったね」

主「人間が生まれ持った原罪とは何か? キリスト教の価値観が根底あるこの考え方は、今でも意見が割れている重要な問題である。

 現代の難題の多くが『人が人を愛することによって生まれてくる』ものである。一言に愛と言っても色々あって……自己愛、家族愛、友愛、郷土愛、愛国心。そういった言葉で語られている、大切に思う心が却って紛争を巻き起こすことだって大いにありうるんだ」

 

 

キリストの語る愛

 

主「これはどこかで昔見た説なんだけれど『キリストはただの人間だった』という説がある。

 彼がやったことは難病の人を治すのでもなく、障害を除いたわけでもない。ただ彼は他人から疎まれて蔑まれるような人の傍にいて、愛や神の言葉、そしてその人の言葉を聞いていただけだった、という話だ。

 決して奇跡があったわけではないが、だがその難病や障害を抱えた人にとって、自分の話を聞いてくれる他者の存在そのものが奇跡のようであっただろう

 

カエル「人の話を聞き、手を差し伸べる……か。

 日本人にとっては『奇跡を起こした救世主』よりも、もっと身近でありながらも神聖な存在と言われる理由がピンと来るんじゃないかな?」

 

主「その結果、多くの人が救われて今でも信仰を集めている。

 ただ話す、話し合う、理解し合う、それだけで実は多くの物事は解決するのかもしれない。

 だが怒りや憎しみはその場すらも破壊してしまう。

 だから『赦しなさい』の教えにつながるのだろう。

 こんな誰にでもできるが、誰にもできないことを実践し、教えを広めたからこそキリストは偉大なのかもしれない。

 この作品が語ることはそんなに難しいことではなくて

 

『暴力や理不尽からは逃げなさい』

『逃げた先で新しい世界を目指して戦いなさい』

『自分の過去と向き合い、人や罪を赦しなさい』

 

 ということだ。それが端的に『愛』になる」

カエル「……でも、それってすごく難しいことだよね」

 

 

 

まとめ!

 

 

この記事のまとめです!

 

  • 罪と愛について語った現代で最も重要な作品の1つ!
  • 綺麗事でないからこそ多くの人に届く物語
  • 『逃げる』も挑戦の手段の1つである

 

本当に大好きな、ずっと追いかけていきたい作品です!

 

 

主「2部になってからグズリーズやヒルドなどの登場人物が追加されているけれど、これはもう1つのトルフィンだと言える。

 幼少時代のまま船に乗らず、成長したトルフィンはどうなっていたのか?

 あのまま復讐心にかられていたトルフィンはどうなっていたのか?

 それを女性にする事によって、自らの過去と向き合う事、そして女性がどのように生きるのか? という事を表現している。

 この先のアニメも含めて、注目しなければいけない作品だね」

 

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